2009年11月15日日曜日

発酵道 その2

微生物の世界は観察することによって学ぶことが多いようです。

前回のブログにも書きましたが微生物の世界は与えっぱなしの世界だと言うこと、人間の世界はギブアンドテイクつまり与えるからちょうだい、いや逆か?先にちょうだいそのかわり与えるよの世界。

いや、もっとひどくなると取るだけとって与えもしない、自分だけ良ければよいという世界…。

よく考えたら自然界の中って与えっぱなしなんですよね、くれなんて言わない(笑)。

犬の散歩にしているコースがあるんですが、今の季節は木の葉っぱが全て落ちてしまってます、そしてその落ちた葉っぱを微生物が分解して土に帰るし木の栄養源になる、そしてまた春が来て葉っぱが実ってくるという循環。

自然界は与えっぱなしの循環システムだと思うのです。

本当に自然界は良くできている、その世界をじっくり見て感じて味わうことによって学ぶことがたくさんあるように感じます、寺田啓佐さんも酒造りを通して微生物の世界をじっくり観察することによって学ばれたことを実生活に活かされているんですね。


発酵道からもう一つ好きな文章を書かせてください。

腸の病気の後、10年間の出会いの中で私に強い影響を与えた師と仰ぐ人々に共通するのは、自分をなくす生き方をしている「無私の人」であると言うこと、そして皆暮らしは質素で人格は子供のような純粋さを持っているということだった。

物を持つとか、お金を持つとか、そんなこととは全く無関心の世界にいる、むしろ積極的に持たないことによって生かされる世界があるということを知っている。

その世界を赤ん坊と母親の世界にたとえて説明すると、自然の仕組みというのがあって子供が生まれるとお母さんからはひとりでにおっぱいがわき出てくる。

決してそれは赤ちゃんがおっぱいをせびる世界ではなくて、求める世界と与える世界が一致しているということ。

子供に与えたいという親の思いと、母乳を飲みたいという子供の願いがそこで一緒になってるわけだ、これは要するに取ろうと思わなくても与えられる世界があるということ、生かされる世界があるということ。

その逆が、他人から取ることばかりを考えている世界、私利私欲の世界である。

その中には不平不満、愚痴、文句、が絶えることなくトラブル続きで本来進むべき道からはずれるばかりだ。

「持つ、つかむ、取る、放さない」によって災いや苦悩、病気やトラブルが引き起こされる。

「与える、放す、つかまない、吐き出す」は幸せにつながっていて、持っている知恵、力、お金、親切、思いやりといったものを空っぽになるまで出し切れば、必要な物はひとりでに入ってくる、それが自然の循環という物なのだ。


この母親と子供の関係って、取ろうと思わなくても与えられる世界、これってつまり愛ですよね。

与えることって愛なんですね。

そう考えると微生物の世界や自然界は愛に満ちあふれていると思うのです、そんな世界に生きている僕たちはすごく幸せなんだろうなと思います。

今の現代社会はすごく急がしいですし、経済の不景気もあって不安感も強まって、少し止まって自然をじっくり見渡したり味わったりってことができなくなりにくくなってますね。

そんな時代だからこそ、ゆっくり自然界や微生物の世界を感じましょう、そこには目に見えないけど愛にあふれた世界が広がっているのだから。






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